世界を変えることになるメンズラインのディオール・オムとエディ・スリマン

ディオール・オムの誕生

ヨーロッパのラグジュアリーブランドといえば、シャネルをはじめレディース商品で大きくなって行きました。
ディオールを見てみると、ある転機にエディ・スリマンというデザイナーにあたります。
ここが転機であり、メンズウェアに革命を起こしていくことになり、ディオールの価値を大きく変える存在になって行くのです。

変化を与えたエディ・スリマン

2000年に、エディ・スリマンはディオール・オムのデザイナーに就任します。
ここからメンズウェアのトップにまで、あっという間に押し上げていくことになるのです。

ディオール・オムの前には、ディオール・ムッシュというメンズラインがありました。
あまり人気があるわけでもなく、とりあえず差別化させるという程度だったことは否めません。
それを2000年の就任以降、まったく別の存在にして行くのです。

エディ・スリマンは、1968年にパリ生まれです。
ルーブル学院で美術史を学ぶような人で、細身の自分の体型に合う服がなく、自分で作り始めるという研究熱心な人でした。
ですが、正式に服飾の教育を受けてはいないのです。
独特のスキニースタイルは、自分のために作り続けているといってもいいでしょう。

1992年から95年まではルイ・ヴィトンのモノグラム生誕100周年プロジェクトにも参加します。
サンローランのピエール・ベルジュに誘われ、1997年からイヴ・サンローランに移籍しますが、グッチの買収騒動でメゾンをさるのです。
その後ディオール・オムのデザイナーに就任することになります。
こういった生涯からも、一風変わった人だということがわかるでしょう。

皇帝も動かす大ブーム

エディ・スリマンがディオール・オムのデザイナーに就任してから、ディオール・オムは表舞台に駆け上がります。
エディ・スリマンを自由にさせることにより、世の中に衝撃を与えるコレクションを作り出していき、着るものを魅了するのです。

あまりに魅了してしまうスタイルは、皇帝カール・ラガーフェルドも動かします。
有名な逸話として、カール・ラガーフェルドがディオール・オムの服を着るために過酷なダイエットをしたという話があるほどです。
真意は別としても、それだけ多くの人を魅了する力があったといえるでしょう。
そして、社会現象化していくことになるのです。

モノトーンのカラーパレットやスキニーのとんでもなくシャープなシルエットで鋭いカッティングを用いるデザインは、女性からも支持を集めます。
世界中から支持を受けるようになり、多くのブランドが似たようなデザインを用いるようになるのです。
日本でもスキニースタイルがはやり出すのですから、遠くフランスの話ではなく世界中を巻き込むほどの衝撃だったといえるでしょう。

ディオールの通販・買取りのセレブブランド

http://www.celeb-brand.com/

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